今日は冬至です。
発売から少し時間が経ちましたが、写真家の森田拾史郎先生の写真集が発売されました。
先日銀座シックスの蔦谷にて、トークイベントがあり、稽古の後に行ってみました。
森田さんは究極のシャイであり、公に出てもほとんど言葉を発しませんので、(心配もあり)何を話されるのだろうと聞きに行きましたが、進行役の建築画報社の社長さんと、児玉信先生が主にお話しを進めていました。
そしてやはり一時間半の中で森田さんが発した言葉は、三言くらいでした。
普段からご本人を囲む集まりの時でさえ、一言もしゃべらないこともあり、だけれどまわりはみんなたのしんでいるのです。
そして時々森田さんもはにかむように笑う。
この間お会いした時、ふと目の前に置かれたカメラに目をやると、とても年季が入っているようだったので尋ねると、なんと前回の東京オリンピックの時の物だということで、驚愕しました。
言わずと知れた市川崑監督の「東京オリンピック」の記録チームとして配られたものだそうで、あぁ森田さんは本当に身近であの時代を生で感じさせて下さる、最後のお方なのだといちいち感慨深い。
(ちなみに私は市川監督の「炎上」が素晴らしく好きです。市川雷蔵のもつ狂気に、役柄違えどフェリーニ監督の「道」のジュリエッタマシーナと同じものを感じて震えます)
森田さんはこのカメラひとつで何でも撮ってきた。
私たちが見ることのできなかった時代と人間を、一切の無駄と光を省き捉えてきたのだ。
幼き頃に東京大空襲で家も母も弟も亡くし、今はない時代の究極の残酷さや醜さも、人の心が紡ぎだす本当の豊かさや美しさも、すべて見てきた方なのだろう。
そしてその足で各土地土地を巡り、舞台に立つ名手だけでなく、小さき名もない人々の生や死や魂と織りなす自然を、カメラひとつを手に写してこられたのだ。
そんな最後の古き日本人であり写真家である森田さんから、私は数え切れなほどのものを頂いているので、いつか恩返しができればと思いつつも、何も返せないでいるのです。
言葉少なな森田さんとの時間は、その独特の感性と共に生きる字引でもあり、確かな深い目の指針でもあり、私にとっては作品や本や伝説の中だけの人も、古典芸能の名人のみならず、木村伊兵衛や宮本常一や熊谷守一や、歴代の役者や映画監督も、森田さんにとってはそこに息づいていた確かな人たちで、その時の息吹を感じさせて頂ける数少ない方なのです。
今回の写真集は、演者のいない日本各地の能楽堂、能舞台のみの空舞台です。とても珍しく貴重な書籍だと思います。
その土地に根ざした能とのあり方や歴史が、この本につまっています。
私も幼き頃から立たせて頂いてきた能舞台。
そこには神聖な空気が立ち籠めており、やはりどこか天と地をつなぐその間に根をおろすような、何かがそこに漂うような空間で、舞台に立つ時は身が引き締まります。
そんな独特の空気を纏う、空の能舞台が集まった一冊です。