薫風そよぐ

立夏も過ぎ、異常な暑さもない5月らしい日となり安堵しました。

コロナ禍では遠のいていましたが、昨年末からは月に1、2回くらいお能の会などに出かけられるようになりました。

端午の節句の日には、国立能楽堂で初めて「芭蕉」という演目を加藤眞悟師のシテで拝見しました。

草木国土悉皆成仏(そうもくこくどしっかいじょうぶつ)

を主題にし、自然と人はみな一体であり、それぞれにある本性を生きている_

という思想を、静かに静かにひたすら静かに…

極論を言えば、2時間以上何もおこらない、こちら側が何も見なければ、何も見えない能らしい能でした。

先日Eテレで放送された黒澤明未完の「能の美」の中で黒澤監督は、

美というものは

説明することは出来ません

自分の心で感じとる他はありません

能の美もまた同じです

と記述していました。

昨今の私たちに於いて、何時間も何も与えてくれないものをただジッと受け止めるには、それなりの忍耐も必要なものですし、演じる側も舞台上が芸の場であり過酷な忍耐の場でもあるので、仏教的な要素を様々な方面から感じられます。

この日のお笛は松田弘之先生でしたが、ご一緒させて頂いている時はその激しさがわからないのですが、2時間以上板座に正座し、笛の音の響く度に身を削られているお姿に、笛一本で修行僧とアスリートを併せもつ過酷さ、それでいて憂いのおびた魂の響きを感じました。

さて、この日の会は主宰の加藤さんをはじめ、狂言では野村太一郎さん、地謡中村裕先生、政裕さんなど、たまたまそれぞれにお世話になり、共演させて頂いた方々が多く出られていたので、一観客としては別の楽しみ方もできました。

風薫る美しい季節、自然の中に真理があるという古来の日本人の心に思いを寄せながら、一方で能登地方の地震で大変な思いをされている方々にお見舞い申し上げます。

自然は本覚、人間は始覚、とどこかで聞いたことがあります。

お能や舞のもつ美しさも苦悩も、自然とは切り離せないことを感じながら、今日も新緑を眺めております。