立夏

端午の節句。

GWは10代の頃から働いていたので、連休とはそういうものだったのですが、今年は何もしないで済んでいるので、少し申し訳ない気分もありつつ、静かに過ごせています。

山桜が散り、新緑に鳥の声が映えて、生命の芽吹きに元気をもらう。

人混みを避け、引きこもっていても、目を凝らすと忙しい。良き季節。

 

タラの芽

山桜とニャン蔵

瑠璃ソウ

桜ソウ

ケマンソウ

松ぼっくりの子ども

カモシカの子ども

 

今日は子どもの日。

 

私たちはどう生きるか

冬場山の生活から少し離れても、地元の家の周りはお寺や史跡が多くお掘りがあるので、鳥獣虫魚、様々な生き物と会うことができる。

散歩にでると決まって顔を合わせ交信していたアオサギがいた。

 

 

世の混乱の中、胸は痛み外にでる気力もない日々が続くも、これではいけないと何度か会いに行ってみても、その姿に出会うことはなかった。

心が澱みきっているからなのか。

アオサギは元気でいるのか。

 

10年ほど前から危惧していた世の中に、もう完全に成り果ててしまった。

今は90年前と丸きりそっくりで、毎晩眠りにつくこともままならない。

皮肉にも当時の文士たちの残した作品は美しい。

今はなき文学者たちに、その時代をどう乗り越えてきたのか教えをこうむりたい。     

 

さて、政府は国立美術館、博物館等を、一定の収益の見込みがなければ、閉館も検討に入りました。

国立劇場はすでに閉館したまま何の見通しも立たず、おそらくこの間、古典芸能は終末期を迎えることでしょう。

 

軍事産業(国営化も検討)で国を豊かにするそうです。

その先に耳障りよくうたわれている「美しい日本」があるのかどうなのか…

 

 

なりにけり なりにけりまで 年の暮

目が覚めると、今年最後の日まできておりました。

題は芭蕉の句。

なるほどその通りで、1年も終わり、今年は人生でも大台にのり、気がつけばここまできてしまいました。

年々ゆく年くる年への厳かさは失われ、町でお飾りの屋台を見かけることもほとんどなくなり、年末とは思えぬ気候により一層消えゆくもののあわれを感じさせられる。

昨日も子グマが殺された。

 

今年は年明けに舞台があり、半年位しかなかったような印象ではありますが、応援して下さった方々、新たに出会った方々、共に過ごした方々…やはり人との縁こそ私には一番の宝であることを深く感謝し、また新たな年を迎えたいと思います。

 

 

すっかり忘れておりましたが、二月の会で使った扇が、夏に日本舞踊誌の表紙になりました。

舞の大名人神崎ひで先生から受け継いだ扇です。

ひで先生は、武原はん氏と共に、東京で地唄舞を伝播した舞の名手です。

実はこの「地唄舞」という呼び名、これは元々歌舞伎舞踊からくる日本舞踊と区別するために、ひで先生が言い始めた言葉なのです。

地唄舞」の名称の生みの親でもあります。

亀よりも歩みの遅い私ですが、一足飛びはできぬとも、これからも先人たちが残した魂をけがさぬよう、一歩一歩やっていこうと思います。

皆さま、今年も1年ありがとうございました。どうぞ良いお年をお迎え下さい。

 

終戦80年

若い頃から8月の蝉しぐれは身に堪える。

死者の魂が戻るお盆の只中に、日本は終戦の日を迎えた。

私ももちろん、その凄惨さは知る由もなく、今日まで「平和」の元に生きてきた。

それでもよくよく考えれば、戦後30年で生まれているので、そう遠い昔でもない時に生きてきたことを今更に思う。

父方の祖父はフィリピンで戦死し、遺骨もなく、異国の地で朽ちたまま。母方の大叔父も24歳で戦地で死んでいる。

仏壇にはその若き精悍な眼差しで、こちらを見つめている。映画の中の話ではないのだ。

 

戦後80年、ついに核を「必要悪」と平気で口にする民族になってしまった。

とてもとても、戦前の流れと似た時代になってしまった。

 

 

自分に都合の悪いものは、人でも動物でも消えた方がいいという浅薄な言霊が、世の中すべてを支配せぬように。

310万人の失われた命が、決して無駄になりませぬよう祈ります。

そして、なぜ日本が、世界が、人間という生き物が、愚かな過ちを繰り返すのかに目を背けず、向き合っていかなければと思います。

 

質素な食事をし、柔らかな布団に眠ることが、これほどまでに後ろめたく感じてしまう夏の日を、これからも送ってゆきます。

 

会からひと月…

2月11日の公演にお越しいただきました皆さま、多方より応援してくださった皆さま。

大変遅ればせながら本当にありがとうございました。

相変わらず何の実感もないまま時が過ぎてしまいましたが、無事終えられて安堵した日々も束の間。なかなかこちらも更新できずに申し訳ございません。

 

ひとつの舞台をつくるのには、約1年前からとりかかりますが、終わってしまえば儚く消えてゆくところが、生モノのよさでもあり、現代において周知が難しい原因のひとつでもあり、厳しい状況は続きます。

ですが、この短く削ぎ取られた舞台に込められた日本の美と心は、残していかなければいけないと強く思っております。

 

幕が開いた瞬間、沢山のお客様がいらしてくださり正直驚いた次第です。

今後も諦めずに精進し、一からコツコツやってゆくつもりですので、どうぞよろしくお願いいたします。

 

今の今まで1枚の写真もありませんでしたが、楽屋での出演者の皆さまです。

 

 

 

携わっていただいたすべての皆さま、本当にありがとうございました。

 

昨日は東京大空襲から80年。今日で東日本大震災原発事故から14年。

時代の流れのスピードが加速する中、何事もなかったかのように今を生きているわけにはいきません。

大河の流れの一滴として、自分に何ができるのか…心に留めながら過ごしていきたいと思います。

 

幕があがる

あと3日で幕があがります。

数ヶ月、追われるばかりの日々でしたが、ようやくここまできました。

今回の「雪」は、ちょうど10年前の同じ日、同じ場所で舞わせていただき、期せずしてこのような運びとなりました。

地唄の言わずとしれた名曲で、恋に破れた女が俗世を捨てて仏道に帰依しながらも、雪の降る夜、積もった雪が落ちる音に、あの人が来たのではないかと思わず外に出ると、ただしんしんと降る雪が積もりばかり…

断ち切れぬ揺れる想いを唄っただけの曲ですが、谷崎潤一郎は随筆「雪」で切々と語っています。

細雪」でも描かれ、いかにこの曲の世界が哀しく美しいかを物語っています。

もう一曲は能から移された本行物の「珠取海女」で、こちらは壮大な海の物語です。

藤原不比等との間に子を儲けた海女が、その子を世継ぎにする約束で、龍宮に奪われた宝珠を取り返しに海へ潜ります。

悪魚と戦い珠を奪い返すも守護神に追われ、乳の下をかき切り珠を隠し入れ、浮かび上がると息絶えます。

13年の時ののち、世継ぎとなった息子房前が回向のため海を訪れると、海女の霊が現れ、我こそが母だと明かし、海の底へ消えてゆきます…

どちらも名もなき女の悲しみと愛の曲ですが、それぞれの趣の違いを感じていただけたらと思います。

 

 

こちらも期せずして私のもとに届いた、昭和の大名人、神崎ひで先生がおもとめになった扇です。

50年近く前のもので、今回つかわせていただきます。

現在、舞の世界のゆく末は大変厳しいものですが、脈々と受け継がれてきた先人の思いを胸に、精一杯つとめさせていただきますので、是非足をお運びいただけましたら幸いです。

当日券もございます。          お待ちしております。

公演のお知らせ

第7回 俵菜緒 舞の会のお知らせです。     

                                               

            

令和7年2月11日(火·祝)                     紀尾井小ホール              午後2時開演(1時30分開場)

地唄 雪    俵菜緒            おはなし    津村禮次郎         地唄 珠取海女 俵菜緒

唄·三絃 菊森美穂 箏 後藤幹子

 

今回は、地唄の代表的な名曲「雪」と、能「海士」より移された「珠取海女」を舞わせて頂きます。

また、幕間では観世流能楽師、津村禮次郎先生による能を絡めた貴重なお話を、この度もお楽しみ頂けます。

2年前の紀尾井ホールでの公演は、コロナ禍での上演でしたが、今回は通常通りの形になりますので、是非この機会に日本の希少な古典芸能の世界に、足をお運び頂けましたら幸いです。

 

チケットお申し込み          

カンフェティチケットセンター           Tel:050-3092-0051(平日10:00~17:00)https://www.confetti-web.com/@/mainokai                                   Mail:jiutamai.nao@gmail.com

全席自由 8000円/29歳以下 4000円

 

11月11日、本日より発売です。           どうぞよろしくお願いいたします。